【アドラー心理学】「怒る、叱る」でも「褒める」でもない関わり方

「怒る、叱る」は本当に正しいことなの?

アドラーは多くの気づきを与えてくれます。

今回のアドラーの言葉では、上下関係をより良くするヒントを与えてくれます。

今回のアドラーの言葉

叱ると一時的には効果がある。しかし本質的な解決にはならない。

むしろ相手は活力を奪われ、ますます言うことを聞かなくなるだろう。

皆様は、今回の言葉にどのような印象を受けられたでしょうか。

叱って「解決できた!」には重大な問題点が潜んでいます

一般的に「叱れる方は素晴らしい方だ!」と日本人の中では捉えられているでしょう。怒ることは誰でもできますが、叱ることはハードルが高いことだと感じます。

※怒ることは自分の感情なので自分中心ですが、叱ることは相手中心の感情と捉えられているようです。

しかし、アドラーにとって「怒る」と「叱る」に差異はありません。される側は上下関係を感じてしまうからです。

アドラーは親子関係や企業の上司と部下の関係でも、上下関係は否定しております。一般的には上下関係であっても並列関係で勇気づけすることを推進しているように感じます。

「怒る」や「叱る」ことと信頼関係の関係

アドラーは「怒る」や「叱る」ことでは「本質的な解決にならない」と述べられておりますが、上下関係の問題だけではなく、信頼関係の問題にもつながってきます。

もしも相手を信頼しているなら「怒る」や「叱る」という方法を選ぶことは非常に少ないでしょう。逆に言いますと、「怒る」や「叱る」ことをされたら「信頼されていない」と感じて活力を奪われてしまう可能性もあります。

相手を信頼し、相手を尊敬する関わり方によって活力が湧くのは自明のことでしょう。むしろ、信頼されていない場ではたらくのは苦しいことです。信頼されているからこそ、居場所を感じられます。

「怒る」や「叱る」という手段を選びそうな時こそ、「相手を信頼できているだろうか?」という視点に帰りたいものです。

「怒る」や「叱る」ことと「褒める」ことは一緒?

アドラーは「怒る」や「叱る」という関わりだけではなく「褒める」ことも否定しております。

上下関係の意味合いもありますが、賞罰教育には「自分の考えている通りに動けなくなる」という問題があります。

怒られないために行動したり、褒められるように行動する性格になってしまっては自立できません。

「怒る」や「叱る」だけではなく、「褒める」関わりも避けて、並列関係で相手に勇気づけしていく活動をしたいものです。

そんな気持ちを与えてくれる今回のアドラーの言葉でした。

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